建設業界の「当たり前」に、疑問を抱いたことはありませんか?
今回インタビューしたのは、入社1年目のT様。
大阪から千葉へと移住し、ヤマシタ工業の門を叩いた20代の若手です。
T様は、元々地元関西でゼネコンで施工管理として働いていました。
しかし、そこにあったのは自身の生活と仕事を両立することができない環境、休日も気が休まらない過酷な日常。一度は「ものづくりの楽しさ」を見失いかけた彼が、なぜヤマシタ工業を選び、再び情熱を取り戻すことができたのか。
「20代のうちに、1000万プレイヤーになりたい」
そう語るT様の瞳は、野心に満ちています。
単なる夢物語ではなく、ここにはそれを実現するための具体的なステップと、背中を押してくれる仲間、そして何より代表との圧倒的な信頼関係がありました。
若き才能が、この千葉の地で見つけた「新しい建設業のカタチ」に迫ります。
≪目次≫
-ゼネコンから転職を決意した、あの日の違和感
-「この人なら信頼できる」——代表・山下の“余裕”に惹かれた面接
-ヤマシタ工業で知った、本当の意味での「チーム」と「成長」
-「1000万プレイヤー」への道筋が、ここでは明確に見えている
-社長とサーフィン、そして同世代の仲間との絆
-未来の仲間へ:ヤマシタ工業は「夢を形にできる場所」
■ゼネコンでの経験と、心のどこかで感じていた「違和感」

——T様はもともと、ものづくりの世界に強い憧れを持ってこの業界に入られたそうですね。きっかけは何だったのでしょうか?
T氏: 「もともとのきっかけは、小学生の頃に見ていたテレビ番組の『劇的ビフォーアフター』なんです。古い家が劇的に生まれ変わる様子を見て、子供ながらに『ものづくりってええな』と思って!
そこからは迷わず工業高校の建築科に進みました。高校では実際にノミやカンナを使う実習も経験したんですが、次第に職人さんだけでなく現場全体を動かす『施工管理』の仕事に魅力を感じるようになって。それで卒業後すぐに、地元の大阪でゼネコンに入社しました」
——実際に働いてみて、理想と現実のギャップはありましたか?
T氏: 「正直、ギャップしかなかったですね。まず、拘束時間がとにかく長かった。夜の11時まで現場や事務所で働くのが当たり前で、しかも一定の時間を過ぎたら勤務記録を止めて、そこからはサービス残業……という環境でした。土日も現場が動いていれば出勤。自分の時間が全くない。入社する前から厳しいとは聞いていましたけど、実際に身を置くと『これが一生続くのか?』と、心身ともに削られていくのを感じました」
——それが転職を考えた一番の理由ですか?
T氏: 「そうですね。一番辛かったのは、自分が憧れていたはずの『ものづくりの楽しさ』が、日々の忙しさに忙殺されて分からなくなってしまったことです。本当は5時に仕事を終えて、自分の時間も大切にしながら、納得のいく仕事がしたい。そんな当たり前の理想すら、そこでは叶わない気がして。一度立ち止まって、自分に合う環境を本気で探そうと、ゼネコンを離れる決意をしました」
——そこからどのようにして、新しい道を探されたのでしょう。
T氏: 「その後、別の会社で数年働いて経験を積んだんですが、やはり将来を考えた時に不安が残りました。給与面や有給休暇の取りやすさ、そして自分が本当に成長できる場所かどうか。『もっと上を目指せる場所があるはずだ』という思いが強くなっていた時、縁あって出会ったのがヤマシタ工業でした。今思えば、あの時の違和感を無視せずに動いたことが、今の充実感に繋がっているんやと思います」
■わざわざ大阪まで会いに来てくれた社長の熱意と、愛車での「下道」移住

——大阪での面接が最初だったと伺いました。代表の山下さんと初めて会った時のことは覚えていますか?
T氏: めちゃくちゃ覚えています。一番驚いたのは、代表がわざわざ僕に会いに大阪まで来てくれたことなんです。まだ入社が決まったわけでもない一人の候補者のために、千葉から足を運んでくれる。その行動力というか、『真っ向から向き合ってくれる姿勢』に、言葉以上の熱意を感じました。
会う前は少し緊張していましたけど、実際にお会いすると全然怖くなくて、すごく優しそうな人やな、というのが第一印象でしたね。わざわざ来ていただいたという事実が、僕にとっては入社を決める大きなきっかけになりました
——そこから千葉への移住。かなり思い切った移動をされたそうですね。
T氏: そうなんですよ(笑)。もう『やってみないとわからん』という気持ちで、車に荷物をパンパンに詰め込んで大阪を出ました。
しかも……
高速道路を一切使わずに、千葉までずっと下道で走ってきたんです。
めちゃくちゃ時間はかかりましたけど、『ここから新しい生活が始まるんや』と自分に言い聞かせる、いい時間になりましたね。そんな無茶な移住も含めて、面白がって受け入れてくれるのがヤマシタ工業という会社の懐の深さやと感じています
■ヤマシタ工業で知った、本当の意味での「チーム」と「成長」

——実際に入社してみて、現場での教育体制や人間関係についてはどう感じていますか?
T氏: ヤマシタ工業の良いところは、会社全体として『誰にでも聞きやすい、話しやすい環境』が当たり前にある。この心理的な安心感は、僕のような若手にとっては何物にも代えがたいですね。
また従業員、社長全体で楽しいと思える環境を作っている。
そして、教育はすごく丁寧ってい環境があります。
——現在は、具体的にどのような業務に挑戦されているのでしょうか?
T氏: 今は現場での実務と並行して、少しずつ管理の勉強をさせてもらっています。原価管理の考え方や、書類作成の補助などを通じて、現場を俯瞰して見る力を養っている段階です。
決して無理な押し付けではなく、自分の理解度に合わせてSTEPごとに役割を広げてくれるので、着実に成長している実感があります。分からないことがあっても、周りの先輩たちがすぐにフォローしてくれるので、萎縮せずに新しいことに挑戦できています
——資格取得についても、会社からのバックアップが非常に手厚いと伺いました。
T氏: 本当にその通りです。自分が『これを取りたい』と言えば、二つ返事で『よし、行ってこい』と背中を押してもらえます。僕も入社してまだ1年ですが、玉掛けや移動式クレーン、車両系建設機械の資格など、業務に必要なものは一通り取得させてもらいました。
費用面はもちろん、試験に向けたサポートも全力でしてくれる。会社が自分の成長に投資してくれているのを肌で感じるので、『早く戦力になって恩返ししたい』という気持ちになりますね
——現在は、さらに難易度の高い国家資格にも挑まれているそうですね。
T氏: はい、今は『1級土木施工管理技士』の取得に向けて猛勉強中です。
実は社長が、日常の会話の中でいきなり試験に関連するクイズを出してきたりするんですよ(笑)

最初は焦りましたけど、楽しみながら知識を定着させる機会を作ってくれているんだなと。
こうしたちょっとしたやり取りも、僕にとっては頑張る原動力になっています。ただ資格を取るだけでなく、現場で通用する本当の力を身につけていける。それがヤマシタ工業での『成長』のカタチやと思っています
■再び火がついた「1000万プレイヤー」への野心

——T氏は、10年後には1000万プレイヤーを目指したいと仰っていましたね。ヤマシタ工業という環境で、その目標はどう映っていますか?
T氏: 「今の自分にとって、1000万プレイヤーという数字は決して届かない夢やとは思っていません。むしろ、ヤマシタ工業で技術を磨き、現場を任されるようになれば、10年後には必ず到達できる『通過点』やと確信しています。
ここでは、頑張りがダイレクトに評価される利益還元の仕組みが明確ですし、何より実際にそれだけの額を稼いでいる先輩たちの背中がすぐ近くにありますから。そのリアルな姿を見ていると、自分も一歩ずつ階段を上っていけばいいんや、と迷いなく目標に向き合えます
——今はその大きな目標に向かって、どのような意識で仕事に取り組んでいますか?
T氏: 今はまだ勉強の身ですけど、身近にいる同世代の同僚や、少し年上の先輩たちの存在が大きな原動力になっています。みんな仲はいいですけど、心のどこかでは『負けたくない』『いつか追い抜いてやる』っていう健全な競争心も持っています。
特に仕事ができる先輩のノウハウをどんどん盗んで、5〜6年後には肩を並べられるレベルまで自分を引き上げたい。そうやって目の前の課題を一つずつクリアしていった先に、1000万プレイヤーという景色が自然と見えてくるはず。ヤマシタ工業は、そんな僕の野心を本気で受け止めてくれる場所やと感じています
——「稼げる」という言葉に、確かな根拠を感じているということでしょうか?
T氏: 「はい。ヤマシタ工業には、現場で出した利益をダイレクトに社員に還元する『インセンティブ制度』があります。現場の担当者が責任を持って原価を管理し、そこで残した利益の数パーセントがしっかり自分や仲間の報酬に反映される。この仕組みがめちゃくちゃ透明なんです。
社内会議でも、どの現場でどれだけ利益が出て、誰にいくら還元されるのかが包み隠さず展開されます。実際、1回の現場で数十万、時にはもっと大きな額の還元金(インセンティブ)を手にしている先輩もいます。頑張れば頑張った分だけ、数字として評価が返ってくる。この『やったもん勝ち』な潔い評価制度があるからこそ、僕も『もっとできるようになりたい、もっと現場を任されたい』と貪欲になれるんです」
——単に給与が高いだけでなく、その「納得感」がモチベーションに繋がっているのですね。
「そうですね。自分が今、どの位置にいて、何をすれば次のステージに行けるのかが明確なんです。上司や先輩の年収水準もオープンに聞ける環境なので、10年後の自分の姿が容易に想像できる。これって、建設業界だけじゃなく、どの仕事においてもすごく重要なことやと思うんです。
今はまだ覚えることが山積みですけど、一歩ずつ技術を磨いていけば、必ずあの先輩たちに追いつける。5年、10年かけて、1000万プレイヤーという目標をこの手で掴み取りたい。ヤマシタ工業は、若手のそんな野心を笑わずに、全力でバックアップしてくれる場所やと感じています」
■社長と波に乗る休日。仕事と遊びの境界線にある「心地いい距離感」

——仕事だけでなく、プライベートでも代表の山下さんと過ごす時間があると伺いました。
T氏: そうなんです。大阪から千葉に来たばかりの頃、こっちに友達もいないし趣味もなかったんですよ。そんな時に代表がサーフィンをやってるって知って、思い切って『僕も行っていいですか?』って聞いたのがきっかけでした。
それからはもう、夏場はほぼ毎週のように一緒に海に連れて行ってもらいました。
社長のお知り合いの方と2人で飲みに行ったりもしましたし、経営層や幹部の方とも、いい意味で壁を感じずに話せる環境がある。
これって、普通の会社やったらなかなかないことやと思います。
もちろん、最初は多少なりとも気を遣いましたよ(笑)。
でも、山下さんは一人の人間として対等に接してくれる。プライベートや飲み会の席では、仕事の悩みだけじゃなくて、しょうもない話も全力でします。そうやってプライベートで信頼関係ができているからこそ、現場でも『これ、どうすればいいですか?』って素直に頼れる。心理的な距離が近いから、仕事のパフォーマンスも上がる。そんな最高のサイクルが回っている気がします。
——「働くこと」に対する意識も、以前とは変わりましたか?
T氏: 「劇的に変わりましたね。以前はただ『生活のために時間を売っている』という感覚でしたけど、今は自分の時間も、仕事の時間も、どちらも主体的に楽しめています。休みの日にはしっかりリフレッシュして、現場ではガッツリ稼ぐために頭を使う。年末年始は大阪の実家に帰って、家族とカニを食べに行ったり、親孝行もできるようになりました。心に余裕ができたことで、自分の人生を自分でコントロールしている実感が持てるようになったんです。この『余裕』こそが、代表が最初に見せてくれたあの魅力の正体やったんやな、と今は思います」
■最後に

——最後に、ヤマシタ工業への入社を考えている方へメッセージをお願いします。
T氏: 「建設業っていうと、どうしても『きつい、怖い』っていうイメージがあるかもしれません。でも、ヤマシタ工業は全然違います。未経験でも、やる気さえあれば優しい先輩たちが全力で支えてくれる。そして何より、頑張った分だけ自分の年収が跳ね上がっていく『夢』があります。僕はここで、一度は諦めかけた『1000万プレイヤー』という目標を、もう一度本気で追いかけることができています」
——T氏にとって、ヤマシタ工業を一言で表すと?
T氏: 「『夢を形にできる場所』ですね。自分が管理した現場が完成した時の達成感は、他のどんな仕事でも味わえません。自分のイメージしたものが、地図に残る大きな形になる。その楽しさを、ぜひ一緒に味わってほしいです。チャンスは全員に平等にあります。あとは、自分がアクションを起こすかどうか。野心がある人、自分を変えたい人にとって、ここは最高に面白いステージやと思います。千葉の海で、あるいは現場で、新しい仲間に出会えるのを心から楽しみにしています!」
数多くの企業を取材し、また採用の最前線に身を置いてきた私の目から見て、ヤマシタ工業は極めて稀有な「均衡」を保っている企業です。建設業界は今、大きな過渡期にあります。多くの企業が「働き方改革」を謳いながらも、実態が伴わないケースが少なくありません。しかし、T氏の言葉から浮かび上がったのは、「圧倒的な白さ(労働環境)」と「強欲なまでの成長意欲(高収益)」が、一つの組織の中で見事に両立しているという事実です。
「建設業で働きたい。けれど、自分自身の人生も、報酬も、決して妥協したくない」 そう願う野心的な若手にとって、
ヤマシタ工業は、単なる職場以上の「人生を切り拓くためのステージ」になるはずです。
もしあなたが、今いる場所で「自分の価値」に疑問を感じているのなら、一度この会社の門を叩いてみてください。
そこには、T氏がそうであったように、あなたの想像を遥かに超える「新しい自分」が待っているはずです。


